2015年10月 3日 (土)

竹本真紀10月のお知らせ

久しぶりにブログ更新しています。

展示、その他のお知らせです。


○アーティストユニット「 MAKI∞MAKI」のアートプロジェクト展示

石下理栄(写真家)、川下美由希(コスチュームデザイナー)、竹本真紀(美術家)による花と女性をテーマにしたアートプロジェクト。

10月1日(木)~11月3日(火・祝)
10:00-18:00
会期中無給・入場無料
18日(日)14:00-16:00のみ花とまちづくりシンポジウム開催のため展示をみることができません。
会場:長者町アートプラネット2F Chapter2

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○始末をかく4「茶屋建築に求めてゆかなければならぬ」

宝探しのような演劇プロジェクトのなかのひとつの作品を作りました。
「なぜまちへ出ることが美術になるのか?」
10~12はまだ余裕があるようです。

・日程
2015年10月3日(土)4日(日)10日(土)11日(日)12日(月・祝)
12時―21時(受付時間:12時―14時)
・参加方法
会場の情報と参加方法は予約者にお伝えします。
みなとみらい線馬車道駅徒歩5分の場所からスタートします。
詳細はこちら

○路上文学賞のクラウドファウンディングページにコラムを書かせていただきました。

どんなときでも紙と鉛筆さえあれば表現できる~美術家・竹本真紀


○黄金町バザール

小鷹拓郎さんの作品にちょっと出てます。なんとなく、「MAKI∞MAKI」の展示とリンクしているところもあるので、
両方見ると楽しいかもです。
あとは、長期レジデンスアーティストのポートフォリオ展にも参加しています。

10月1日(木)~11月3日(火・祝)
11:00-18:30
休場日:10/5、10/13(火)、10/19(月)、10/26(月)
入場料500円
詳細はこちら

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2015年6月17日 (水)

竹本真紀 旧作展 その2 「いろんなトビヲちゃん」

竹本真紀 旧作展 その2 「いろんなトビヲちゃん」
2015年 6月20日(土) ー7月5日(日)
  午前10時ー午後6時

5日(日) 18時~持ち込み歓迎カンパ制のささやかなクロージングパーティを開催します。

まちの中にキャラクターを出没するアートプロジェクトを行っている美術家 竹本真紀が、「トビヲちゃん」を柱にした展覧会を三回シリーズで行います。

二回目は、絵画作品のいろんな「トビヲちゃん」を展示します。
会場である長者町アートプラネットChapter2周辺にも竹本制作のキャラクターや壁画が点在しておりますので、ぜひ散策してみてください。

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2015年4月12日 (日)

竹本真紀旧作展その1”トビヲちゃん以前”

竹本真紀 旧作展 その一 「トビヲちゃん以前」

2015年 5月2日(土) ー 5月17日(日)
             午前10時 - 午後6時 会期中無休

竹本真紀が、「トビヲちゃん」を柱にした展覧会を三回シリーズで行います。

個展は必ず新作でという方針で今までやってきましたが、旧作を知る人も少なくなってきましたので、
旧作を展示する個展を行います。

一回目は、「トビヲちゃん」に至る前の作品の展示を行います。

会場である長者町アートプラネットChapter2周辺にも竹本制作のキャラクターや壁画が点在しておりますので、ぜひ散策してみてください。

【次回展覧会】

☆竹本真紀旧作展 その二 「いろんなトビヲちゃん」
 2015年 6月20日(土)ー 7月5日(日) 午前10時 - 午後6時

☆竹本真紀旧作展 その三 「みんなのトビヲちゃん」
 2015年 8月8日(土)ー 8月23日(日) 午前10時 - 午後6時
 *みなさんがまちの中で撮影した竹本作品、竹本キャラの写真を募集します。

お問合せは下記まで。

【会場】
〒231-0033 横浜市中区長者町9-159 第一田浦ビル 2F Chapter2
【MAIL】 artplanet159@gmail.com  【TEL】 080-8824-5234

【主催】 MA-OFFICE  【共催】Chapter2運営委員会

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2014年12月31日 (水)

節目です。自分にズキュンときたブログについて。

最近ではFacebookにばかり文章を書いていまして、いろんなことがあったにもかかわらず、久しぶりの更新です。

とはいいつつ、Facebookに同じ文章を書いています。

クリエイティブシティ横浜に関わってきて、今年はいろんなショッキングなことが起こり、そうでもしないと気付かされなかったことがたくさんありました。

そんな中、年末の最後の最後に自分はお酒を飲みすぎて大失態を犯しました。


そんな中、寿町に関わる村田さんの本を紹介していただき、本はまだ手にできていませんが、それについて書かれたブログがあり、私の心にかなりズキュンときています。

八戸で一晩明けて朝ぱちっと目がさめたとき、「あ、そうか、自分のことだけやってればよかったんだ。」と、口から出ました。

あらゆる要望に答えようと、自分のことは全て後回しにしてやってきた数年間でした。

それは、「今忙しいから。あとで。」と、話をきくのを保留にしているうちに自ら命を絶ってしまった友人のことが常に頭にあったからです。

できることがあれば、すぐにやろう。という小さなお手伝いだったのが、どんどん周囲の要望が増えていって、でも自分が望んでやっているんだといいきかして、休みもせずに自分の時間を捧げてきました。

その糸が切れ、お寝坊をできる環境にやっとなったときに、酔っ払っていろんなものが振り切れてしまい、結果的にいろんな人に迷惑をかけてしまいました。

そんな中でも屁理屈や言い訳を言い続けてしまったようなのですが、今思い返しても、あとにも先にも、辛いことがあっても、歯を食いしばってやってきたので、屁理屈や言い訳をバカみたいに言い続けたのは、このときだけだったかもなあ。と思ってます。

こんなに無理をする必要もなかったわけで、でも誰かがやらないと前に進まないということもあったわけで、黙々とできることをやってきたわけですが、でも来年は引きこもって、自分のことに集中したいと思います。

そんなしょうもない私ですが、新年の元旦かいつかか、東京新聞の神奈川版かどこかにインタビュー記事が載るかもしれません。

ある意味、黄金町での活動のこれまでとこれからについてのような話になっています。

でも、テーマは「戦後70周年。平和について。」です。

心情としては非常に雲隠れしたい気分ですが、新年早々の露出をお許しください。。

ズキュンときたブログのリンクをはります。

本の著者が寿町に関わっている村田由夫さんで、普段、優しいいいおじさんだなあというくらいにしか思っていなくて、とんでもなかったです。

寿町からもっともっといろんなことを学びたいと改めて思いました。

http://plaza.rakuten.co.jp/kasumim/diary/200512100000/

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2014年6月17日 (火)

長者町アート☆プラネタリウム2014に向けて準備中。

長者町アート☆プラネタリウム2014開催に向け、ぼちぼちまちのなかでの交渉が始まっています。

昨年は、市原幹也氏と竹本真紀のプロジェクト「3歩すすんで2歩さがる」で交渉などをTwitter上でリアルにアウトプットすることができましたが、今回は特にそういうものも用意しておりませんが、この場でイベントに至るまでの経過をお伝えしていきたいと思います。

まさに、日々、3歩すすんで2歩さがるです。

長者町9丁目界隈は、実は画家が多くいらっしゃいます。

その画家たちと、長者町アートプラネットや黄金町で絵画を制作するアーティストのグループ展ができればと思っています。

思想や方向性が違うかもしれない地元作家さんがこちらからのオファーに承諾してくださるのでしょうか。

まずは、先日上野の森美術館でグループ展を行った香野さんのところへオファーに行きました。

香野さんは、奥さんも絵を描いていたことが判明しましたのでお二人揃ってということでオファーしました。

香野さんは11月に銀座みゆき画廊での個展を控えており、おしりに火がついていてどうだろうというところですが、奥さんが出展に意欲を見せてくださいました。

本日は、同じ9丁目のぎゃらりーぷちへ行きました。

ここでは佐藤やすしこさんという画家さんがアトリエをかまえています。

ギャラリーオーナーのあくざわさんは、長者町アートプラネットのオーナー田浦さんとも親交があったのと、以前レジデンスしていた藤原京子さんが友好的な関係を築いていましたので話の入口としてはすっと入ることができましたが、なかなかアクの強い方で、「俺は美術というものが嫌いだ!」とたびたび叱責される部分もありましたが、画家が食べていくには、、、という話や、伝統工芸と工芸の違いだとか、いろいろと面白い話はきけて、やすしこさんに話をつないでくれるとのことでした。

さて、長者町ではないですが、すぐご近所の福富町にも絵画教室があり、訪ねてみました。

こちらでは、木村優博さんという方が35年絵画教室を続けていて、15年前までは治安は悪くなかったんです。
と、まちの治安が悪くなった経緯を話してくださいました。

ここに通っている小学生が私のファンでもあって、話が通じたこともあり、すぐにグループ展への参加を承諾してくださいました。

写真は木村さんの絵画教室の看板。その向こうには風俗関係の案内所。

ここのとおりは大きな会社の支店が並んでいたそうです。

治安が悪くなり、どんどん会社が撤退していき、先日長年住んでいた方も家を取り壊して引っ越してしまいました。

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2014年6月 1日 (日)

田中信太郎さんと前山裕司さんのトーク

昨日は、BankARTで田中信太郎さんと、前山裕司さんのトークをききました。

前山さんは埼玉近代美術館の名物学芸員さんです。

最初の出会いは、美學校小沢剛クラスで一緒だった藤田千彩ちゃんに誘われて埼玉近代美術館のボランティアさんたちとの美術館をまわる勉強会に参加したときです。

この流れがきっかけで弘前大学の先輩でもあり、学生寮の先輩でもある大友恵里さんと出会います。

その後私が施工アルバイトするようになり、埼玉近代美術館にもよく行くようになり、現場にかかわらせていただいていました。
実は上京して初めて行ったのは埼玉近代美術館で、大学の恩師村上善男先生が旧作が出ているからとチケットをくださったのでした。

まちのことばかりやっていて美術館を忘れそうだったので、昨年ちょっと施工に戻りましたが、そこで田中信太郎さんの「点・線・面」の復元の現場に立ち会うことになりました。

なかなかうまくいかずにいましたが、それまで温和だった田中さんにスイッチが入りました。
「もっとピアノ線がぴんとはらなければならないんだ。だって、中原さんが○○と書いてくれたんだから。」と、言ったのがすごく印象的で、(すごく美しい表現だったのですが厳密になんといったのかは覚えておらず。。)田中さんと評論家の関係性を質問しました。

60年代、70年代美術は、美術史の中でも伝説化されているようにも見えて、ついついそういうことをききたくなってしまうのですが、本当の前衛美術家は年を重ねていても走っているので、菊畑さんや松澤さんに質問したときも同じようで、「もう、あの頃のことは忘れてしまったなあ。」とか、「実際はいいことばかりでもなかったよ。」なんて反応が返ってきます。

トークが終わったあとのBankART Pubで、
「なんだおまえは、絵をかいているのか?そこに座れ。」と言われ、同じテーブルに座らせてもらいました。

(この感じも、菊畑さんに質問したときとなんとなく似ていました。)

そこに信太郎さんのお孫さんが乱入し、かなり面白いことになりました。

村田真さんと信太郎さんのなれそめも知ることができました。

50歳くらいの信太郎さんが30代前半の村田さんを面白い!といってよびつけてレクチャーさせたとか、、

毎月の講座で前山さんをリスペクトしていた村田さんと前山さんの再会のはずむ会話もよこできいてて面白かったです。

信太郎さんの話の中には、ものづくりをする上でのたくさんのヒントがありました。

短い時間で、こんなに答えを出してくれてしまっていいのだろうか。というくらいたくさんの言葉のプレゼントをいただきました。

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2014年4月16日 (水)

竹本真紀個展「くりかえし」

竹本真紀個展「くりかえし」

【日 程】2014年4月24日(木)~5月6日(祝・火) 会期中無休
【時 間】11:00〜19:00
【会 場】高架下スタジオSite-Aギャラリー(横浜市中区黄金町1-6番地先)
【入場料】無料
【オープニングパーティー】4月27日(日) 18:00~

【問合せ先】
Tel:045-341-0254(チエン堂)

個展をします。

個展というと、だいそれた反応を受けることがあり、古里の友人が一升瓶もってかけつけてくれたり、お花が送られたり、、などということがありますが、

私にとって個展とは、作家の仕事なので、普通の人がお仕事するのと同じことだと思っています。

とはいうものの、改めて黄金町エリアマネジメントセンターのホームページに載せてもらったり、宣伝してもらったりしてみて気がついたのは、

ホワイトキューブ的な場所では、久しぶりの個展であり、黄金町で活動するようになってからは始めての個展だということに気づきました。

そして、私は実は2006年ZAIMに入居していたあたりから、ある美術商と関わったことがきっかけで、どんな作品を作っていいのか全くわからなくなっていました。

こうしてみたらどうか、ここの空間使って何かして、など、ほぼ受身の状態でお仕事をふっていただいてそれになんとか答えるというようなことでしばらく過ごしてきました。

それもこれも、地域のため、横浜のため、誰かのためにという原動力が手伝ってやってこれたことだったかもしれませんが、それも作家冥利につきるところもあり、かなり勉強させていただきましたし、力になりました。

しかし、いろんな組織やいろんな思想の入り組んだ中で物事を進めていく上で、自分自身が生み出した作品についてだけは誰にも邪魔されたくないという思いがあり、

気がついたら制作に打ち込んでいました。

そして原点へ戻りました。

自分は自分のために作品をつくっていました。自分が生きるためです。
食べるためではなく、生きるためです。

こんな文章を書いている今現在、作品はまだほとんどできていません。

始まる前からいろいろ書いてしまって、蓋をあけたら、え、これ?なんてことになっちゃうかもしれませんが、
たとえ、一点しか絵が出せないことになるかもしれませんが、自分自身と向き合ったうえで出てきた作品を展示しようと思っています。

よろしくお願いします。


Photo


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2014年3月31日 (月)

さくらんボーちゃんを探してください。

ディープな告知のあとに間髪いれずの更新ですが、

大岡川桜まつりの企画で「さくらんボーを探せ!」始まっています!

3月22日(土)~4月13日(日)

中区~南区に出没しています。

MAP配布景品引換はチエン堂で。

http://chiendoo.web.fc2.com/sakuranboo.html


Sakuranbogreen


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松澤宥 世界蜂起展に参加します。

もう本日からですが、松澤宥さんを撮り続けた長沼宏昌さんからのご招待を受け、文房堂ギャラリーで開催される世界蜂起展に参加しています。

◆松澤宥 最終美術思考工房 世界蜂起展~22世紀に向けた新世界蜂起計画のプロジェクト~
日程:2014年3月31日~4月5日
時間:10:00~18:30(最終日17時まで)
会場:文房堂ギャラリー

参加メンバーを見ると、松澤さんの意志を継ぐ者というような方もいらっしゃいますが、誰でも参加できるようなものになっていて、松澤さんはどういう気持ちで世界蜂起をやっていたのかと資料を引っ張り出しました。

毎年大晦日にその年の”世界蜂起”の報告を108人の芸術家におこなってもらい、世界滅亡まで繰り返すというもの。

ダニエルビュランのお返事はとてもユニークです。

おそらく、松澤さんは綿密に人選をしていたと考えられますが、”世界蜂起"が続けられるのであればどういう形でもにこにこして見ていそうな気もします。

美学校校長だった今泉先生の薦めでプサイの間を訪れたのは20代前半の頃。

それから松澤さんと電話で時々お話するようになり、突然FAXで作品が送られてくることもありました。

私が出したメールアートにお返事が来ましたが、メールアートの洒落がわかっているのに松澤さんはすぐに下諏訪に来てくれというのです。

そのときはすぐに行けませんでしたが、松澤さんはすごく焦っていて、
プサイの間に入れる体力がだんだん落ちていることも感じていて
そしてずっと私に理解してほしいことがあるというようなメッセージを送っていましたが、
それから、お亡くなりになりました。

でも、私はたぶん、下諏訪に行かなくて良かったような気がしています。
行っていたら、何か松澤さんの根源のようなものに触れるような何かに出会ってしまっていたような気がします。

松澤さんがそっとそのまま持ち去っていってしまった方がよかったようなものです。
と、想像しています。

https://www.bumpodo.co.jp/2014_gigumenta/

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2014年2月26日 (水)

黄金町でお店を開け閉めすることがどんなに大変か市はわかっていないのかな。

横浜市の方やNPOの人が空間プロデューサーの方々を連れて、お店に連れてきてくださったのですが、「黄金町にアドバイス」をくださるという。

いろいろ話をしたけど、お客さんたちはともかく、横浜市側に非常に腹が立ってしまった。(→しかも直接メールしてしまった。)

自分でお店出してやってみればいいんです。

黄金町でまだ商売していくのが厳しいこと、まだ完全に安全なまちになっていないこと。その中でも時間通りにお店を開け閉めするということがどんなにすごいことか。

311のあと、普通にまちの商店の人たちは営業していて、いかにここの人たちが何があってもお店をいつもどおりに開け閉めしてきたか、それが本当にすごいと感じた瞬間だった。

まちの人たちに教わることはあっても、「アドバイスしてあげます。」なんて名目で外部の人をかかわらせることはまず私のなかにはない。

と同時に、ぼやぼやしていると、コンサルが来て、どこでもありそうな綺麗なおしゃれなまちになってしまうのとかがすごくこわい。

ここのまちの人たちはキャラも濃いし、センスもいいし、頭もいいし、技術をたくさんもっているし、どんなまちにしたいかという話はいつもきいているし、それに沿って組み立てていけるように、自分たちのまちは自分たちでつくっていけるように、声をあげていかなければならないと思う。

それと、昨日、バザール2014ゲストキュレーターの原さんが言ったように、「黄金町」という名前がブランドでアジア各国に知れ渡っていること、もっとまちの人も誇りに思っていいと思う。

どこかでうまくいった事象をするっとスライドできるほど、甘くないし、本当に難しい。その難しさを現場にいない人間には肌で感じることなどできない。

これもあっていいし、これもあっていいがまちだと思うし、黄金町が都市計画のように整理されていないのは、一個一個交渉して場所を作ってきたコミュニケーションの足跡だと思う。

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