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2014年6月17日 (火)

長者町アート☆プラネタリウム2014に向けて準備中。

長者町アート☆プラネタリウム2014開催に向け、ぼちぼちまちのなかでの交渉が始まっています。

昨年は、市原幹也氏と竹本真紀のプロジェクト「3歩すすんで2歩さがる」で交渉などをTwitter上でリアルにアウトプットすることができましたが、今回は特にそういうものも用意しておりませんが、この場でイベントに至るまでの経過をお伝えしていきたいと思います。

まさに、日々、3歩すすんで2歩さがるです。

長者町9丁目界隈は、実は画家が多くいらっしゃいます。

その画家たちと、長者町アートプラネットや黄金町で絵画を制作するアーティストのグループ展ができればと思っています。

思想や方向性が違うかもしれない地元作家さんがこちらからのオファーに承諾してくださるのでしょうか。

まずは、先日上野の森美術館でグループ展を行った香野さんのところへオファーに行きました。

香野さんは、奥さんも絵を描いていたことが判明しましたのでお二人揃ってということでオファーしました。

香野さんは11月に銀座みゆき画廊での個展を控えており、おしりに火がついていてどうだろうというところですが、奥さんが出展に意欲を見せてくださいました。

本日は、同じ9丁目のぎゃらりーぷちへ行きました。

ここでは佐藤やすしこさんという画家さんがアトリエをかまえています。

ギャラリーオーナーのあくざわさんは、長者町アートプラネットのオーナー田浦さんとも親交があったのと、以前レジデンスしていた藤原京子さんが友好的な関係を築いていましたので話の入口としてはすっと入ることができましたが、なかなかアクの強い方で、「俺は美術というものが嫌いだ!」とたびたび叱責される部分もありましたが、画家が食べていくには、、、という話や、伝統工芸と工芸の違いだとか、いろいろと面白い話はきけて、やすしこさんに話をつないでくれるとのことでした。

さて、長者町ではないですが、すぐご近所の福富町にも絵画教室があり、訪ねてみました。

こちらでは、木村優博さんという方が35年絵画教室を続けていて、15年前までは治安は悪くなかったんです。
と、まちの治安が悪くなった経緯を話してくださいました。

ここに通っている小学生が私のファンでもあって、話が通じたこともあり、すぐにグループ展への参加を承諾してくださいました。

写真は木村さんの絵画教室の看板。その向こうには風俗関係の案内所。

ここのとおりは大きな会社の支店が並んでいたそうです。

治安が悪くなり、どんどん会社が撤退していき、先日長年住んでいた方も家を取り壊して引っ越してしまいました。

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2014年6月 1日 (日)

田中信太郎さんと前山裕司さんのトーク

昨日は、BankARTで田中信太郎さんと、前山裕司さんのトークをききました。

前山さんは埼玉近代美術館の名物学芸員さんです。

最初の出会いは、美學校小沢剛クラスで一緒だった藤田千彩ちゃんに誘われて埼玉近代美術館のボランティアさんたちとの美術館をまわる勉強会に参加したときです。

この流れがきっかけで弘前大学の先輩でもあり、学生寮の先輩でもある大友恵里さんと出会います。

その後私が施工アルバイトするようになり、埼玉近代美術館にもよく行くようになり、現場にかかわらせていただいていました。
実は上京して初めて行ったのは埼玉近代美術館で、大学の恩師村上善男先生が旧作が出ているからとチケットをくださったのでした。

まちのことばかりやっていて美術館を忘れそうだったので、昨年ちょっと施工に戻りましたが、そこで田中信太郎さんの「点・線・面」の復元の現場に立ち会うことになりました。

なかなかうまくいかずにいましたが、それまで温和だった田中さんにスイッチが入りました。
「もっとピアノ線がぴんとはらなければならないんだ。だって、中原さんが○○と書いてくれたんだから。」と、言ったのがすごく印象的で、(すごく美しい表現だったのですが厳密になんといったのかは覚えておらず。。)田中さんと評論家の関係性を質問しました。

60年代、70年代美術は、美術史の中でも伝説化されているようにも見えて、ついついそういうことをききたくなってしまうのですが、本当の前衛美術家は年を重ねていても走っているので、菊畑さんや松澤さんに質問したときも同じようで、「もう、あの頃のことは忘れてしまったなあ。」とか、「実際はいいことばかりでもなかったよ。」なんて反応が返ってきます。

トークが終わったあとのBankART Pubで、
「なんだおまえは、絵をかいているのか?そこに座れ。」と言われ、同じテーブルに座らせてもらいました。

(この感じも、菊畑さんに質問したときとなんとなく似ていました。)

そこに信太郎さんのお孫さんが乱入し、かなり面白いことになりました。

村田真さんと信太郎さんのなれそめも知ることができました。

50歳くらいの信太郎さんが30代前半の村田さんを面白い!といってよびつけてレクチャーさせたとか、、

毎月の講座で前山さんをリスペクトしていた村田さんと前山さんの再会のはずむ会話もよこできいてて面白かったです。

信太郎さんの話の中には、ものづくりをする上でのたくさんのヒントがありました。

短い時間で、こんなに答えを出してくれてしまっていいのだろうか。というくらいたくさんの言葉のプレゼントをいただきました。

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