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2013年12月31日 (火)

2013年を振り返る。

2013年は私にとっても特別な年になりました。

いつからか走り続けてきて、家族の老いをきっかけにはたと自分を顧みることになりました。

と、それだけでなくとも本当にいろいろなことがありました。

というのも、いろんなことに誘っていただき、ひとまずやってみた年です。

初の経験として演劇に出たというのもかなりヘビーな経験でしたし、(パフォーマンスのようなのは何回かありましたが、台詞覚えてバリバリなのは初めてで。)

試聴室の企画で急にふられて5分間の映画を撮ったり、

毛嫌いしていたグループ展に誘われるまま出してみたり、

自分の作り出したキャラクターが一人歩きしていて、酔っ払いほやじ像が八戸に設置されてまちの人もよろこんでくださったり、

後半につれて福祉と教育との接点が深まったり、

そして、12月になってからバタバタといろんなことがありました。

自分が思っていることと、外から見られてる自分の違いもあり誤解も生じたりして、正直、生きた心地がしないくらい落ち込んでしまったけれど、結局は周囲に手を差し伸べてくださる方がたくさんいて、
数年ごしのわだかまりも解消されたりして、2013年最後の最後まで濃い一年でした。

来年に向けて、気になっていることは全部解消しておこうと、ここ二三日でも、よく人と話しました。

後厄とかだったのかな?

来年はさらにいい年になるように、お正月中は心身ともにお休みをして(とばかりも言っていられない実家の状況だったりもしますが)頭のなかも整理する時間をとりたいと思います。

2013年お世話になった方々、本当にありがとうございます。

2014年もよろしくお願いします。

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2013年12月29日 (日)

実家の夢を見た。

最近私の父親は、まだきちんとしている方なのだがところどころ認知症が出てしまい、三ヶ月ほどの入院を経て施設へ入所した。

94歳になる祖母はむしろ父親よりもしっかりしているが、足腰が弱くなりよく転倒するようになり、家事もままならなくなったので、こちらも施設へ入所した。

私が高校生のときに起きた「三陸はるか沖地震」の影響で、もともと手抜き工事をされたようだった私の実家は半壊とまではいかないが立て替えを余儀なくされた。

しかしながら立て替えてローンができた頃に父親のリストラなどでこの場所も手放すことになった。

私が大学在学中で実家を既に出てしまっている時にに立て替えをしたので、実家が夢に出てくるときはいつも最初の家の状態である。

今日見た夢は外観は立て替え後の状態だけど、間取りが元の家のままだった。

正月に帰省したところ、今までのように祖母が台所に立ち、父親が自家用車でどこかに連れて行くと、車に乗って私を待っていた。

祖母に違和感はなかったものの、父親は運転してはいけないはずで、そのことも忘れてしまっていて、しかし運転する技術は持っているわけなのだが、

「お父さん、運転しちゃだめだよ!免許もないはずだよ。」と言って止めると、「え?そうなの?」と夢の中の父親は免許をごそごそ探し始めた。

でも、夢の中の父親は車の運転が好きだった若い頃の父親で、車も今はないだいぶ前に廃車にしてしまったものだった。

夢から覚めて、もう戻らない風景であることを思って悲しくなった。

でも、もと実家の夢はたびたび見てしまうと思う。

今年は自分にとってもいろんなことがあった。

長いあいだある種の依存関係にあったような祖母と父親の関係も切り離してみると、意外と穏やかな結果になり、その関係性が私たち三人兄妹の成長に大きく影響を与えていたことも実感させられた。

一方ではその生きづらさを病気と認識してしまい、そちらの方向へどんどん手続きを進めてしまっている者もいれば、淡々と状況を整理しようと動いている者もいる。

今年の後半になってから、なぜだか、福祉や教育の現場に携わることが多くなった。
おそらく来年はもっと増えるかもしれない。

黄金町で活動するなかで時々声をきく「アートはわからない。税金つかってわからないものをやって。」と批判する人が、いかに一定の価値基準のなかで制限されてきた状態で教育されてきたのかということを、教育現場にアートを持ち込むことでなんとなく理解できたり、

子どものころから感じていた生きづらさだったり、自分は障害者なんじゃないかと疑うくらいクラスの皆がスムーズにできても自分が理解できなかったり全くできなかったりすることがあったりしたが、これも、教育現場や障害者と接することで、ある一定の評価基準やラインをはずれることでそんなに差はないのにそういうふうに認定されてしまったりするのではないかと考えたり、

認知症だと判断され、病院でいろんなことを制限されながら生活している父に、病院に入る一ヶ月前にギターを持たせたらベンチャーズのパイプラインを今でもきれいに弾けたり、

「竹本さんのこういうところがよくないから直したほうがよい。」と言われたときに、
反省しつつもそれをよくないとする風潮はどこからきているのだろう、教育だろうかと考え、かつその部分に蓋をした場合、自分はおそらく創作活動はできなくなるだろうと考えたり、

など、

いろんなことがパズルのように関係性を持って私の目の前に現れでたような感じだ。

弘前大学で学んだ教育理論だとか、教育心理学だとかが根底にないとできないこと、気がつかなかったこともあると思う。

教育学部で勉強してみて、この仕組みのままで働かなければならないのであれば、自分はアートを介しての方が力を発揮できると思ったのが、美術の道でいくことを決めるきっかけだった。

不自由だとか、生きづらさは、決してマイナスにはならない。

父親は認知症になってしまったけど、ここからが本当のクリエイティブな活動が父の人生に待っているのではないかと、勝手に考えている。

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2013年12月18日 (水)

美術家竹本真紀の理論 学校とつくる

「美術家竹本真紀の理論 学校とつくる」

毎月第四木曜日19:30~行っている講座です。
今回でいったん、終了とさせていただきます。

今回は最近お仕事させていただいた小学校でのアートイベントや中学校の美術部と行ったアートプロジェクトのお話です。

一応、教育学部卒業ということもあり、大学や当時のアルバイト先の造形教室で学んだ理論や教材とこれまでやってきたアートワークをミックスさせて実現へとつなげました。

子どもとつくる。というよりは、学校とつくるということが今回のお話のテーマです。

学校でイベントを成功させるためにどんなチームがどんなふうに動いたのか。


そんなお話ができればと思います。

2013年12月19日(木)
19:30~
2時間程度

参加費¥500

予約していただけるとうれしいですが、飛び入り参加大歓迎です。

会場:長者町アートプラネットChapter2

http://artplanet159.web.fc2.com/about.html

予約・申込

artplanet159@gmail.com

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2013年12月13日 (金)

そういえば中学の頃の美術。

今日チエン堂の開店作業をしていたら、写真家の北村夫妻が通りがかった。

このあいだのちょうぷくちゃんまちあるきを撮影してものをCDにやいてくださった。

「もうイベントないの?」と言われ、

「光のぷろむなあどが明日明後日あるんです。」と、話したら、

「蒔田中なんかにもよく行ってるの?」ときかれ、

「そうなんです。蒔田中と共進中の美術部となにかつくる役なんです。でも、美術がもともと好きな子たちだから、
私が何もしなくてもどんどんやってるんです。」

すると、奥さんが、

「わたし、中学にあがったとたん、美術が嫌いになったの。」

という話をされた。

「私も教育学部の教育心理学で習ったんですけど、小学校と中学校のつなぎがよくなくて、美術に苦手意識が生まれて、トラウマになる人多いみたいです。」

という話をしたら、

北村さんが、
「中学の美術なんか、何か課題とか美術史とかしかやってた覚えしかないなあ。」

という話から、

すっかり忘れていたが、自分の中学のときの美術を思い出した。

私は中学に入って美術部に入部したが、才能を認められたのはいいが、どこへ行くにも美術部の先生が追いかけてきて、「絵をかきなさい。」といわれた。

全校生徒が見ている前で委員会活動中に私の手を引っ張り、「こんなことしてないで絵をかくんだ。」と、器具庫に連れて行かれてがんがん説教されたり引っ張られたりした。

手をはらいのけたら
「私をはたいたわね。」
と、怒られ、職員室に連れて行かれ、学年部長の席に座らせられて、「美術部をやめません。」
とかかされた。

私は美術部をさぼったことは一度もないのに、このようなことが起こり、ホームルーム時間にもいない私を担任が不思議に思って、それで、親にも来てもらって美術部をやめることができた。

絵はとても好きで勉強したかったけど、ふつうの中学生活が送れないと思ったので部活をやめて、水泳部に転部した。

私にとって絵をかくことは空気をすうことと同じくらい生活に溶け込んでいたので、部活をやめたから絵をかかないということにはならなかった。

しかし、美術部員だったときは5だった成績がやめたとたんに、1や2になった。

まともに提出してもきちんとした評価をしてもらえないので、2年3年と一切課題を提出したことはない。

3年のとき家庭科で、絵をかく課題が出た。

コンクールに出すので締切が決まっていたが、気が乗らなかったのか、わざとだったのか(わざとではないとは思うけど)締切後に出して、
「こんなにかけるのになんでもっと早くださないの。」と、ひどく怒られた。

こんな経緯から、私にとっての美術教育とは「くそ」でしかなくて、中学校時代何か勉強したつもりでいたけど、(描いたものはたくさん残っているので)そういえば課題なんてものは一回も出したことがなかったのだと改めて再発見した。

美術教育に対する考え方が変わったのは、弘前大学に入ってからで、楽しい美術教育もあるのだと知った。
その楽しさをどうすれば伝えていけるのかと、ゼミでみんなと夢中になって話していて、どんどん美術がライフワークになって、夢中で走っているうちにいろんなことを忘れ去っていた。

強烈な美術の先生から受けたトラウマは忘れることはできなかったけど、課題を全く出していなかったことを思い出した。
よくやりすごせたもんだ。

そんな自分が中学校美術部に行くことになって何か一緒にやることになるとは、なんという運命のいたずらというか、面白いめぐり合わせだというか、今日、北村夫妻に出会っていろいろ話さなかったら、光のぷろむなあどを目の前にして気がつくことはなかったかもしれない。

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光のぷろむなあど

告知が追いついていなくて申し訳ないです。

横浜市南区の蒔田公園で開催される光のぷろむなあどで、

近隣の蒔田中、共進中、それぞれの中学校の美術部と、何かをつくるということでかかわっています。

まずは、美術部員の子たちのやりたいことを出していただいてそれを実現するような枠組みをつくって、
あとは個々で走り出したので、たまに見に行くくらいで、ほとんど何もしていませんが、

完成がどうなることやら。


ドキドキしています。


タイトルは「ソウゾウノイエ」 それぞれの「ソウゾウ」がどのように表出するか、楽しみです。

風がおさまりますように。

2013年12月14日(土)、15日(日)16:00-20:00 (カフェは19:00まで)

チエン堂のショップとして出店します。

どうぞ、遊びにきてください。

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