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2013年11月28日 (木)

3歩すすんで2歩さがるクロージングトーク

[詳細]
竹本真紀の展示「ちょうぷくちゃんを探せ!」や表現活動の日程を戯曲と仮定し、上演と公演を行う「3歩すすんで2歩さがる」プロジェクトはすべて終了しました。市原幹也と竹本真紀が、プロジェクトを振り返りながら、おしゃべりをします。

【概要】
日時:11/30(土)14:00-15:30
会場:長者町アートプラネット(CHAP)
http://artplanet159.web.fc2.com/about.html

参加料金:無料

進行:市原幹也(演出家)
ゲスト:竹本真紀(美術家)


【進行内容】

1、プロジェクト全貌について
市原が、すべてのシーンや公演を振り返るプレゼンテーションを行います。進行に応じて、竹本さん本人の話も伺います。
実際に起きたことを振り返ります。

2、意見交換
市原の進行により、竹本さんや参加者のみなさんと意見交換をします。
以下のようなことを考えています。

▼ひと、関係性の変化
・「ちょうぷくちゃんを探せ!」のようなまちなかで展示されるアートの役割を【「ひと」と「ひと」との関わり】から考える。

▼まち、それぞれの立場から
・アートやアーティスト側ではなく、まちで暮らすひとの視点から、プロジェクトの機能を考えてみる。さらに、そこに訪れる第3者の視点とは。

▼これから
・このプロジェクトの結果をどのように編集すれば、長者町(あるいは誰か)にとって持続可能な成果となるか。

【予約・問い合わせ先】
電話番号:080-8824-5234
     (留守番電話になることがあります。)

Twitter: @3po2ho(http://twitter.com/3po2ho)

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美術家竹本真紀の理論「コトブキンちゃんと寿町の話」

美術家竹本真紀の理論「コトブキンちゃんと寿町の話」

毎月第四木曜日19:30~行っている講座です。

今回は、コトブキンちゃんと寿町のお話です。

横浜市中区寿町にちょくちょく現れているキャラクターコトブキンちゃんのお話と、最近通い始めた「ことぶき福祉作業所」での私の仕事をお話できればと思います。

2013年11月28日(木)
19:30~
2時間程度

参加費¥500

予約していただけるとうれしいですが、飛び入り参加大歓迎です。

会場:長者町アートプラネットChapter2

http://artplanet159.web.fc2.com/about.html

予約・申込

artplanet159@gmail.com

08088245234

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2013年11月21日 (木)

「みんなが」とか、「ふつうは」という言葉

例えば会話のなかで、

「みんなが言ってる。」とか、

「ふつうは・・・」という言葉が使われることがたたあるけど、自分のなかで、どこか、芸術関係ではこういう単語は治外法権だと思っていた。


ただ、自分も時々、人に対して使ってしまっていることがあった。

どこか、「多数派」であると自分の考えも正当化されるような気持ちになるのかもしれない。

先日、「みんなと一緒でいいです。」と言ったら、「まきちゃんらしくないね。」と言われた。

自分としては、いつも、「みんな」と一緒でいい。と思う。

どうしてもこれ。というのが日常的にはあまりない。

調理実習、みんなが料理作りたければ、自分は洗い物でよいし、掃除時間、ほうきが人気あれば、自分は雑巾がけをすればいいと思う。

個性みたいなものを追求させられることの方が苦痛なときもある。

ただ、幼い頃から、「みんな」と一緒。と思っても、みんなと一緒のやり方がわからなかった。

「みんな」がスムーズにできることができないし、お部屋にいたいけどいかたがわからないからお外のすべりだいに一人でいた。

怒られた。

でもどうすればよいかわからなかった。

ある日絵をかいていたら「みんな」が集まってきた。

わたしが絵をかくことが「みんな」との接点となった。

絵をかけば人が集まる。

もっとかけばもっと集まる。

そうやってすごしてきたが、大人になるにつれて現実にぶつかるようになり、いろんな道を歩いてみた。

けども、結局もとにもどった。

最近私は立て続けにこう言われた。

「みんな把握して理解していたのに、あなただけが把握していない。みんなの迷惑になる。」

「会議に出てもあなただけが発言していて、みんなあなたの話をきくために会議に出ているのではないと言っている。」

こうなってくると、「みんな」ってなに?

「みんな」ってだれとだれ?

「みんな」がわかっているとそれが正式な考え方になるの?私のような価値観があってもいいんじゃない?

「みんな」が私をうるさい。と言っている。

「みんな」がわかってくれなくても、誰かが必要なことかもしれないし、誰かが私の発言によって救われる人もいるかもしれない。そう思って自分を奮い立たせて話してる。

中学のとき、「真紀ちゃんのことをみんながうるさい。と言っている。」

と言われて、そんなふうに人から思われてると思いもよらなくて、自分がこの世からいなくなれば人に迷惑をかけずにすむのに。と、いつも背を丸めて顔が見えないように歩いていたことがあった。
目も悪くなった。
でも、そんなときでも絵をかくことだけが自分を支えてくれた。


美術家とは、一人で立ってるものだと思う。

いまだ、ピラミッド型の、先生にいくらかお支払いすれば先生と同じ展覧会に出展できるとか、そういうご商売をしている方もいる。そういう方々はそれはそれで本人たちも幸せであれば、よいとは思うが、
私はそれはできないししない。と言った。

作家は自分の作品でのみ勝負しなければならないと思っているからだ。

しかし、「みんな」了承しているのに、あなただけがおかしいし、迷惑だと言われた。
私は、忙しさを自己管理できない人として処理された。

でも、それでもよい。「みんな」のなかに入りたくもない。

そういう私も、「みんな」とよく使う。

「みんながそう言ってた。」という使い方をしてしまっていたことを改めて反省したけど、

「みんなでがんばろう。」とか、

「みんながハッピーになれますように。」

の「みんな」は、「みんな」でよいのではないか。

そうすると、「みんな」はいろんな価値観や、考え、思想をもった全ての人をひっくるめていうときに使うのであって、
相手をひとりぼっちにしてやろう。孤独にしてやろう。とやっつけるために使う言葉ではない。と考えることにしよう。

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2013年11月11日 (月)

グループ展に参加します。

グループ展に参加します。


ART de FUKKO

2013年11月12日(火)~17日(日)

13:00-18:00

入場無料

会場:横濱みなと町ギャラリー
(JR関内駅すぐそば。ビルの地下です。)

毎回新作を出すポリシーですが、旧作を展示しています。

新作はちょうぷくちゃんを一人設置してきたことです。

詳細はこちらから。。

http://arameyahonpo.ciao.jp/

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2013年11月 9日 (土)

創造空間9001以降

昨日、黄金町芸術学校に講師でいらっしゃった中村政人さんとの会話のなかで、思っていたけども、うなく表現できなかったことがぽろっと出てきて、そのことについてまとめておこうと思います。


私は、2007年9月~2010年3月のあいだ、旧東横線桜木町駅舎跡地をリノベーションした「創造空間9001」の運営に携わっていました。

当時の横浜市役所創造都市事業本部が、公益財団法人横浜市芸術文化振興財団に業務委託した事業です。すでにプロジェクトが始まっており、私がアトリエ使用で入居していたZAIMの姉妹施設のような位置づけでした。

場所が特殊であるため、美術館施工の知識がある私と、山野真悟事務所でお留守番していた田島くん、音響会社JSSからの出向で松方くん、三人の職人が事務仕事も兼務する格好で、予算の関係上財団職員は常駐しないということで運営していました。

現場には三人しかいませんでしたが、(シフトも三人でまわしていたので、大きいイベント以外は実質は2人ずつで運営した格好になるかと。)だからといってなんでも好きにやっていいわけではなく、行政の手続きに沿った形での運営でしたので、企画事業をしようと思った場合は、たくさんの書類を作成することになります。

現場にいないといっても、担当財団職員とは密なコミュニケーションを取りながら運営していきます。
専門職でありながら雇われ人的な立ち位置が、ちょうどよいバランスを持ってプロジェクトを推進できていたようにも思います。

しかしながら、現場で起こったことはよっぽど大きなトラブルでもない限り、全て自分たちだけで処理していくことになりますし、広報協力での財団とのチームワークはありますが、運営に関わる営業活動のようなものは現場でやっていました。
現場のリーダーは私が行っていました。

この場所は、横浜市クリエイティブシティの政策を推進するための一翼を担い、小さい施設だけども、私がBankARTの池田さん、黄金町の山野さんのような立ち位置にならないといけないんだと、途中からそう思ってやっていました。
いろんな施設との連携もはかり、駅ということもあり、クリエイティブシティの玄関的な役割と、点在している人たちをつなげる役割についても考えました。

それと同時に行っていたZAIMでの活動において浮上してきた問題点なども含め、これらのプロジェクトが終了した場合にこれらの活動をどう次へつなげていくか、もしくは、この二つの施設のなかでのしばりで思いっきりできなかったことは何か、というなかで出てきた話がちりめんやの活動であったり、長者町アートプラネットの存在だったりでした。

この流れをわかっている方は9001の活動からずっとつながりがあり、プロジェクトは終わってしまったけども、ある程度の意思疎通をしながら、役割や役職は違っても同じ目的に向かって今でも一緒に進んでいる感じはあります。

それがうまく伝わらないのはなぜか今活動拠点でもある一部の黄金町の方々だったりします。9001終わったんだから、あとは制作に専念しなさい。と言われても、ある程度のテンションでやってきたり、アーティスト活動だけしていれば知らなくってもよかったことも知ってしまったり、ノウハウも知ってしまったり、問題意識も生まれたりというなかで、急にトーンダウンするわけにもいかず、全く知らない人から見ると、「黄金町のスタッフでもないのに余計なことをやってる人。」という立ち位置に見える場合もあるようです。

ただ、仮に私が黄金町のスタッフになってしまったとすると、今のようにフットワーク軽く動き回ることもできなくなるし、アーティストという立ち位置なのでいろいろできる部分はあると思います。

ちりめんやの活動が終了したあとも、現在の場所に拠点を構えられるようになるまで、非常に難しかったです。
これは後ほどどこかで書こうとは思いますが、地域の方の「竹本にまだここにいてもらわないと困る。」という思いでチエン堂として黄金町に拠点をおくことができました。

これはほかでもない、日の出町永野鰹節店の店主であり、大岡川桜祭実行委員長であり、初黄日商店会会長一ノ瀬さんが、創造空間9001からの活動を見ていて、またその重要性もよく理解していて、その流れで私が動いているということを一番理解してくださっているからだと思います。

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