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2012年10月25日 (木)

心地よすぎるがゆえの絶望。

数年ぶりの再会を望んである方へ会いにいった。

しかしながら、飲み会までついていったのに挨拶できなかった。

今の自分で挨拶してなんになるんだろう。と、思ってしまったのと、まあ、昔からなんとなく会うと緊張していたな。
というのと。

あいさつしなきゃ、あいさつしなきゃ、でも、でも、、、と思っているうちにいろいろ思い出した。

以前アルバイトしていた美術施工会社は彼女のおかかえ会社で、彼女は絶大な信頼を寄せていて、入札などがなければ、だいたい指定してくる。

バイト先の会社と彼女は、信頼関係のあるチームで、よく現場のあとにお酒も飲んでいた。

私はまだまだ仕事ができず、ついていくのに必死だったし、今よりもっともっと尖っていたし、仕事が終わったらいち早く帰って制作したかったので、現場仕事以外の交流はちょっとしかなかった。

働いてしばらくしてから、上司が、私を彼女の前で、
「こいつは何年かぶりに面白いやつだから覚えといてくれ。」と言った。

彼女は、「わかった。覚えとく。」と言った。

それから数年後、彼女とZAIMで会った。

挨拶したらちゃんと覚えていてくださった。

だから昨日挨拶して話をしても、快く、お話してくださったろうと思う。

でも、なぜか、挨拶できずじまいだった。

挨拶したいと思ったら、なんだかんだつっこんでいく自分だけど、なんでだろう。と思った。

いろいろ思い出した。

私は、彼女の仕事の仕方も好きだし、つくる展覧会も好きだ。

彼女の仕事の現場は、一番たくさん経験させてもらったかもしれない。

しかし、あるときはっとした。

自分の憧れていた最終ステージがこれなのか。と。

ここの現場行ってもあの現場行っても、選ばれるものはこういうものなのか。と。

そうであれば、美術って面白くないかもしれない。とそのとき思った。

大好きな現場なのに、そう思った。

嫌な人、いじわるされた、センスが悪かった。などはすごく強烈に覚えていて、努めて避けるけど、心地よすぎるゆえの絶望というのを経験したのだと思う。

おそらく、そこから私のなかで何かが始まった。

まちに関わっているというのはそういうことからだ。

ただただ、お人好しで関わってるとかではなくて、私は、美術館のなかでの絶望からスタートした方向がまちだったのだ。

あとは、いろんな忙しさにかまけて、自分の作品づくりに集中できていない。というところも、何か負い目があったのかもしれない。

ただ、わかってくれてる人にはわかってもらっている。

伝わっている人には伝わっている。

いろんなものが削ぎ落とされたきれいさでは語れないものがあるはず。

うそにならないようにしよう。という表現を心がけている。

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