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2012年9月30日 (日)

黄金町のまちづくりに関するお話の中で

先日、地域の若い方との飲み会があったのだが、新顔で来た方の奥さんが、突然、私に向かって、

「黄金町にいるアーティストって全然、地域の人に受け入れられていないですよねー。」
と言ってきた。

「どこが?」
というと、

「私もしばらくこのまちに住んでますけど~、よくここら辺で飲むんですよね。そうするとその飲み屋でもそんな話が出るんですよ~。」

「どこの飲み屋?」

「・・・。」

「でも、絶対的に、ちょんの間があった時の方が地元も潤ってたし、アーティストがくるよりも絶対その方が良かったと思うんですよね。」

「アーティストはどんな点が地域に受け入れられていないというんですか?」

「・・・」

「どのへん?」

「・・・わかったよ!ごめんね!」

と、逆ギレされました。

これでは、話し合いにもならないし、そもそも、私が何をしているかきかないで突然こんな話をするのはどうだろう?

大喧嘩しそうになったので、席を離れて落ち着こうとしたが、最終的には、

「普段、なんにもしないのに、言いたいことだけ言うのは楽ですね。意見があれば、毎月やってる会議に出てきて発言したらどうでしょう?」

と、言い放ってしまった。

今日は、このときの状況が、中途半端だったのではないかという話になった。

まちに根ざすアーティスト、みたいなことを言われていますが、実際のところ、私にとってなにより大事な制作時間が少なからずとも削られることもあるわけで、(鼻歌みたいに制作できるのが理想だけど)一生懸命やってるわりに、突然こんなことを言われると、自分のなかでも何かが振り切れてしまいそうになるわけで、これは、もめるより、場を離れるというのが私の最善の手段だったわけで。

そこの中途半端なひっかかりを逆に利用して、黄金町の活動をわかってもらうんだ。という頼もしい青年たちもいたわけだが。

でも、何百件と、キャラクター出没にあがっている身としては、(それですべてがわかるとは思わないけど)喧嘩や討論になっても、話ができそうな人と、全くこれは平行線になるだろうな。というのが瞬間的にわかって、はいすみません。次へ行きましょう~。としないと次へ進めないことがある。

人を裁けるような立場では決してないけれども、アーティストとして、とか、まちづくりに携わる身として、という立場以前に、人として最低限のマナーを守れるかどうかというのを基準にしているところはある。

小学校教員養成課程卒業の身としては、小学生にもわかるような説明を心がけているが、それでも伝わらない人は伝わらないし、アートに対して拒否反応を起こす人は起こす。そこに固執して一生懸命説明しようとすると、大きなことが進められなくなることもある。

ただ、一度拒否した人が思い返したときに受け入れられるだけの器は持っていなければならない。

とにかく、口で説明するよりもやってみせてどう、というところに持ち込まなければならないのが自分のできることだと思う。

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