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2012年1月28日 (土)

問題点を指摘するということ。

会議などで勇気を持って問題点を発言することがあるのだが、だいたい流されてしまったり、話題を変えられてしまうことが多い。
逆に怒られることもある。

こちらとしては、素直に疑問に思ったことを尋ねて確信をついてしまい、逆鱗にふれることもある。

そのたび、ああ、また馬鹿な質問をしてしまったんだなあ。とそのたび落ち込むが、それが出会いのきっかけになったこともある。

弘前大学のとき、付属小学校の公開授業というのがあって、勉強のためと、そのあとの分科会にも参加した。

図工の授業で、「岩木山をゴッホのタッチでかいてみよう!」というもの。

いい授業だな。と思った。
ゴッホの模写をすることと、地元の岩木山をかくことと一石二鳥で、ゴッホのことも覚えられる。

しかし、疑問に思ったのは、子どもたちに配られた紙に、黒い線で岩木山の形がかいてあったことだ。

大学院生や、他の小学校の先生や、大学教授がいるなか、発言権がわたしにまわってきて、
「どうでしたか?感想でもなんでもどうぞ。」
と言われた。

授業は非常におもしろかった。でも、最初から岩木山の形がかいてあっては、ゴッホのように自由にかけないのでは?

と、自身なさげに発言した。

しかし、このことについては何も言われず、どんどん次の発言者へまわっていった。

各小学校の自慢話のようなことで、会議はすぎていった。

きっと、わたしはまた馬鹿なことを言ったんだろうな~。と、がっくりしていると、

帰りがけに、弘前大学側で席についていた美術家村上善男先生が私のところへ来て、小声で、
「今日の会議、おまえの発言がなかったら、全く意味がないものだった。」

と言い残して颯爽と帰っていった。

驚いた。

いつも授業では村上先生に怒られてばかりいたので、ほめられたのがうれしくて、その日は眠れなかった。

これが、村上先生といろいろ話をするきっかけになった。

後々きいたら、村上先生もそこが一番気になっていたけれど、弘前大学側で弁護する立場にあったので、指摘できなかったのだとか。

わたしのような一学生がそこを指摘したことによって村上先生は救われた気持ちになったのだとか。

しかし、今でも、わたしは同じようなことを繰り返して、偉い人を怒らせて、がっくり肩をおとす。

おとといもまたそのようなことがあって、また馬鹿なこと言ってしまったんだろうな。
と思っていたら、

「竹本さん頑張ってますよね。わたしはいつも、みてますよ。」と耳元でささやかれて、本当にうれしかった。

ただ、問題点にばかり目がいってしまっていらいらするのもよくない。

もう、いい年なので、適当な加減も考えていかねば。

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