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2011年6月21日 (火)

任意の点をRとした展覧会の反省

竜宮美術旅館で開催した任意の点をRとした展覧会が無事終了した。

しかし、良い形で終われなかった。

しかし、それでよかったのだと思う。

わたしは、創造空間9001の運営管理をきっかけに、公費を運用して企画等を行なうという仕事をすることになった。

そのなかで、ただ単に、アーティストのやりたいことをやるためだけに公費は使用できないから、そのためのしかけを考える。

それは、行政側にもアーティスト側にも無理のない状態で、形をつくるわけだ。

そしてかつ公益性のあるものへと枠組みをつくる。

これは、わたしが弘前大学教育学部を卒業していてかつ学生寮の寮長をするハメになってしまったところからの経験が役に立ったのだと思う。

公務員として養成されていたわけだし、行政の事情も、アートの事情もなんとなくわかっているつもりだ。

横浜市の中でも、急にアートのまちになるという方向になることで、ついていけていない公務員の方がいらっしゃるのは確かだと思う。

アート方面の方からおしかりを受けようが、わからないのだから、「こういう場合はこういうふうにした方がよいかと思うのですが、どうですか?」と、話してみると、
「そういうことが必要だったのですね。やってみます。」とわりとすんなりいくことが多かったので、とにかく対話して一緒に進めてきたという経緯がある。

こちらは、こちらの専門性、あちらはあちらの専門性を教えていただくことで、二人三脚できたのだと思う。

このややこしい作業を、横浜市の方や財団の方はなるべくアーティスト側にふりかからないように処理をしてくださる。
もともとのアーティストの作業の中に必要のないことでもあるからだ。

しかし、最初のトリエンナーレでトンチキハウスを行なった小沢剛さんは、たくさん書類を書いていると、当時話していたし、美学校まで、わたしが後々9001でお世話になる市役所の方が打ち合わせに来ていた。

中田宏クリエイティブシティ構想の前の話である。

わたしがそのような仕事をした流れで、ちりめんやにいるのだが、それを知らない黄金町のアーティストたちは、「なぜ竹本さんだけが予算をもらってできるのか」というつまらないねたみのような話をしてくる。
いや、知らないはずないんだけど、9001で仕事オーダーしたことありますよね。

ちりめんやのことだって、アーティストがまちにいるだけでは経済につながらないだろうから、何か売れる場所をつくった方がよいのでは?と他人事に話したことが自分がやることになった。という流れだ。

そのときに、予算をつけてもらわないと無理だという話で、黄金町エリアマネジメントセンターがトヨタ財団から助成金をとってくださったのだ。

9001から放り出されて、そのあと路頭に迷うかもしれないところで、いろいろ自分も種をまいておかなければならなかった状況もある。

それだけでなく、9001で黄金町のアーティストに予算をつけて展覧会をしたこともあるし、吉野町市民プラザとつなげて、光のぷろむなあどに黄金町のアーティストに参加してもらう流れをつくったこともある。

わたしに来た話、相談のあった話はなるべくいろんな方にふってチャンスがあればものにしてほしいと思っている。

しかし、普段の会話といえば、誰のアートはよくて、どうの、、という批評めいたことや、入居アーティストの誰が予算もらってるとか、くだらない話が多い。

今回、それを払拭するためにも、表現するということは、もっと根本的に純粋な理由でよいのではないか?ということや、きちんと自分の柱を持って、自立しているアーティストで展覧会をしよう!

ということで行なったのである。

展覧会をする際、ちりめんやのお二階の志村くんにひどく反対された。

それは、ちりめんやが大変なのに余計な仕事が増える。というわたしに対する心配と、
展覧会というものは、キュレーターがきちんとアーティストを選んで行なうべきであって、やりたい人同士が集まって展覧会をするのは、違うと思う。ということであった。

後々この話を安部泰輔さんと話したら、
「ジェネレーションギャップだよ。その世代ともやっていかなければならないんだから。」と言われた。

確かにそれもあるだろうが、志村くんの話や方向性は非常にすっきりしていて、わかりやすいし、彼なりの努力の歴史があるのだろうが、実際は、みんながみんな志村くんのように展覧会によんでもらえるアーティストかどうかといえば、そうではないわけで、そうでない作家は必死に自分の発表場所をつくっていくしかない。

しかし、志村くんの言ったことも言ったことで、展覧会終わってみると、自分は確かにやらなくてもいいことをやったのかもしれない、という気持ちになった。

最後は、きちんと終わって、みんなで乾杯をして、と、思っていたが、展覧会の時間が終わっていないのによっぱらって雰囲気をぶちこわしにしてしまった作家とその連れの方たちの失態で幕を閉めることとなってしまった。

実際は、だから、展覧会を実現するために、1のおもしろいことのために100のめんどうなことをやったとしても、参加しているアーティスト、仕事をもらったアーティストにとってはさほど関係のないことだったのかもしれない。

もちろん、全員がそうではないのだけれど。

ZAIMからの悪い流れで、入居アーティストが、
「自分の作品や活動がすばらしい」から入居できていると勘違いしてしまうことがあって、
感謝する気持ちを忘れてしまうことが多い。

だから前述した、わたしが仕事をつくったり、人の流れをつくったりしても、なぜかそれが悪い反応で返ってきてしまっている。

これは、非常に自分を息苦しくさせてしまっている。

しかし、わたし自身作家として仕事がきているのに、そちらに集中できずに、なぜか売れないアーティストのお世話をしてしまっているという図式ができていたので、そこまでしても返ってくるのが文句しかない。ということであれば、

今回行なった展覧会やシンポジウムなどの試みも無駄だったとは言わないが、わたしがそこまでしてやることではなかったのだと思う。

しかし、やらない後悔よりはやった後悔の方が絶対よいのだから、よかったのだと思う。

でも、横浜市での可能性はどんどん広がっていくことができると思うけれど、とにかくすごく低レベルで、つまらない向かい風が仕事をやりにくくしている。

そんなとき、昨日、横浜美術大学でのワークショップ結果をギャラリーあざみ野に展示しに言った帰り、
館長の三ツ山さんが、

「なんとなく黄金町にいて、なんとなくアーティストのつもりになって、上から何かふってくるのを待っているアーティストはだめだ!」と言い放った。

テナントかまえて仕事するんだというくらいの気持ちでないといかんです。

何も努力しないで、他の人をねたんだり足をひっぱったりしてもいかんです。

とにかく、もう、わたしはアーティストのお世話はしないことにしました。

自立したアーティスト同士のおつきあいでしたらいくらでも。

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