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2009年4月18日 (土)

ピンク色の記憶。

黄金町のもと売春をやっていた店舗跡というのは、赤やピンクのテント屋根がついていて、それを撤去してイメージをよくしようという動きが数年前からあった。
その中で、撤去あとに出てきた看板に、テントにかいてあった店の名前をカッティングシートで貼ってほしい。という仕事があり、とりあえず急ぎだというのですぐに下見をして、手持ちのカッティングシートで、手切りでロゴを切って持っていった。

作業しているうちに「うちもやってよ。」と隣のおばさんが来た。
すぐに終わると思ったが、風が強かったりで難航して2~3時間かかった。

けっこういいかな。
きれいになったね。

とかいいながらとりあえず安心して帰ったが、わたしがピンクをベースに使ったということで、地元を守る警察からクレームが来た。

仕事をくれた山野さんからなんとなくきいたのだが、「ピンクに反応しすぎる方がおかしいんじゃないのか。」と反論した。
しかし、自分の作品として主張するようなものでもないので、やりなおしてもよいのだが、職人としては一度やったものをやり直すのは苦ではないが結構ムっとすることもあって、ちょっとキツめに「やり直すならばいつでも貼りかえますよ。指定してくれれば。」と言った。

その後何ヶ月かたって、何も言われなかったので忘れてしまっていたのだが、そのとき山野さんにクレームをつけたという警察官に会った。

彼の話だと、山野さんが、「アーティストがこうしたかったからこうした。」というふうに説明したとか。
それをきいて、アーティストの感性にとやかく言うすじあいはない。と、思ったそうだ。
ピンクはだめだ。という頭ばかりあったが、「ピンクで何が悪いのか。」とつっぱねてくれて逆によかった。
というのだ。

よかったのかどうなのかわからないけども、「ピンクが連想させるからいけない。」という発想そのものがなくならない限りその町のイメージは変わらないと思う。

横浜の寿町でも写真を撮ったらいけないとか、いうが、そこで育った子供たちはふつうに友達と写真を撮りあっている。
ふつうに写真がとれることとか、何の色をつかってもいいとか、それだけのことが許されるだけでも大変なことなのだ。

でも、あえて、そこでタブーとされているものをタブーでなくした瞬間、町は変わっていく可能性を持っていると思う。
それがたった一色の色でもそうなのだ。

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