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2007年11月22日 (木)

刺盛と襖絵とパピエ・コレと源氏物語絵巻の記憶

横浜中区ZAIMで、CUBE展という若手工芸作家の作品の配置と照明を担当した。

伝統工芸というものは発表場所が決まってしまっているような気がして、ZAIMのような場所で、インスタレーションのように展示してみてはどうかと思ってやってみた。

展示のときにほかの作家さんとも会うことができた。

ほとんどの人が弟子入りしてものを作っている人で、作品もかなり精巧にできていた。

それを配置するというのだから、それなりに自分の経歴をお話しつつ、そういうことをもとに配置する。という説明をした。

そのときに、自分はどんなことを考えていて、何がベースになっているのか、無意識のうちに語っていて自分でも発見があった。

上京してすぐに、海鮮どんぶりやさんの調理場でバイトした。

バイトと言っても、料理長が厳しくて、ほとんど料理職人のような日々を過ごした。

洗い場から始まり、飯炊き、揚場、焼き場、刺場、煮方と、どんどん昇格していくわけだが、刺盛の配置や盛り方は、お花や、枯山水の配置がもとになっているときいた。

大学のときに、北海道をひとりで旅行したときに小樽の美術館でピカソのパピエ・コレを見た。

ゼミにもどって、パピエ・コレを描きたいと言った。なぜ、パピエ・コレだったのかわからないけど、色が松本俊介の「Y市の橋」に、似ていたからだと思う。「Y市の橋」についてはまた次の機会に書こう。

しかし、絵をどう崩していったらよいかわからなかった。

とりあえずは模写した。すると、なんとなく法則が見えてきた。

参考に。と、ゼミの先生が源氏物語絵巻の載った本を持ってきた。

源氏物語絵巻には斜めの線が入っている。

それによって、画面展開や、時間軸をわけているのだという。襖絵の襖と襖のズレも同様。

パピエ・コレ=源氏物語絵巻みたいな解釈で学生時代は作品を作った。

このことすべてを語ったわけではないが、このことからいくつか抜粋して説明したら、不思議なことにわたしのインスタレーション論は、伝統工芸作家と恐ろしいほどにぴったりはまった。

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